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3・11の記憶



2年前のこの日は忘れることができません。

東日本大震災・・・悲しい出来事でした。

そして、娘も病院で戦っていた日だからです。

2月末、生きるか死ぬか瀬戸際の大きな手術を受けました、私達家族は食事も喉を通らずに、ただひたすら手術が終わるのを待っていました。

娘は、長い手術を耐え抜き、帰ってきてくれました。

その後も高熱・喉の渇き・たんのつまり・背中に刺さっている太いくだが、体位変換のたびに激痛が走り、顔を歪めて耐えていました。

3月の中頃、もう一つのおおきな手術を控えていて、それを受けなければ、ベットから、起きることさえできない日々を送っていました。


手術の説明を受けただけで、顔は真っ青、私はまっすぐ立つこともできませんでした。
できることなら、変わってあげたい・・涙

術後まだ、日も立たないうちに、次の手術のために、病練を変わる用意をしていた時、地震がおきました、7階の病室は大きく揺れ、なかなかおさまりませんでした。

看護師さんが、大丈夫ですかと、駆けまわっていました。

地震がおさまり、新しい病室に入り、落ち着きましたが、食堂で、テレビを見ると、地震による被害の映像が延々と流れていました。

大船渡にいる、同期入社のお友達が心配でした。
でも、熱が続いているむすめのことで、頭がいっぱいでたまりませんでした。

結局、熱のために手術は延期になり、3週間も待たなければいけませんでした。
起き上がることもできず、ひたすら本を読んで、我慢している娘・・

最初は助かったことが、嬉しかったのですが、日をおうごとに、辛さが増してきていたんでしょう。

お母さんが泊まるのはいや、お父さんいてよ・・と泣かれたときは、なんとも言えず悲しかった。

2度めの大きな手術も何とか無事に終わり、数週間後、リハビリが始まりました、ガチガチに硬いコルセットをつけてのリハビリは辛かったでしょう。

最後にいた病室が311・・だからこのボトルは捨てずに残してあります。

この後も、半年に渡り、遠く離れた病院でリハビリが続きました。
彼女は、よく頑張って来ました。

障害が残った娘は、これから、何度か辛い思いもするでしょう。

でも、もう1度授かった命・・あなたにしかできない何かを見つけることが出来ればいいな。

母は、何もできないね。

あなたが、いろんなことを乗り越えていく姿を見守ることしか・・

このボトルを見るたびに、あなたが生きるために頑張った日々や家族で過ごした病院でのことが思い出される。

負けちゃいられない・・辛いからと逃げちゃいけない・・助かって目覚めた日のことを忘れないで・・


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